『感想』森林官が見た 山の彼方の棲息者たち~100年ほど前のお話
著 者:加藤博二
出版社:河出書房新社
出版年:2018年(原書は1937年)
232頁
内容
山の奥深くに住んだ、サンカや炭焼きや山女の物語。
哀しくもまた愛らしい、純情な人びとの世界。
山には山の憂いあり、そこは郷愁の、心休まる魂の世界。
全24話。
感想
森林官について
この本の著者、加藤博二さんは集落から杜絶した山深い国有林の中で『森林官』という仕事をしてました。
粗末な山小屋に住みながら広大な山林の監視、調査を行い、造林や伐採の作業員(人夫)の手配を行うという仕事です。
配属場所は北アルプスの乗鞍岳周辺。
日本の山を知っている人なら分かると思いますが、山頂の標高は3000mを超え、冬は豪雪とマイナス20℃とかにもなる極寒の地です。
そんなところにほぼ1年中暮らすのです。
真冬になれば雪のために交通が途絶えて、山小屋の中で何十日も日光を見ずにモグラのように暮らすとのことで。
雪が溶けたり雪かき作業が行われなければ郵便なども来ず、そのために世間からも杜絶されるという非常に孤独な生活です。
現在と比べると建築技術も防寒着も未発達だったでしょう。
そんな中で厳冬期の北アルプスで生きていた森林官たちには、現代人の私からは仙人のようとしか思えません。
原書は1937年発行!
自分が購入したものは河出書房新社より2018年に発行された、新しいもの。
しかしこの本は元々『深山の棲息者たち』という表題で、1937年に発行されていたものだったのです!
最初は高度経済成長期くらいの頃の内容だと思っていたので、読み始めてビックリ。
再刊で新字新仮名に改められているので現代でも読みやすいです。
ただ、表現が古いから古い本を読み慣れてない人はちょっと分かりづらいところもあるかもですね。
例えば、長さがメートル単位ではなく、尺や町などの尺貫法で表されています。
分からない人は「尺貫法(Wikipedia)」へ!
この本はかつて森林官だった著者が思い返すように書かれた本なので、1937年に初版が発行されたと言っても内容はそれより以前です。
登山が大衆化し始めたこと、上高地が開拓されて帝国ホテルが建ってすぐのことが書かれていたりするので、恐らくこの本の内容は明治末期~昭和初期(1910年~1935年)頃のことでしょう。
この本を自分が読んだのは2019年。つまり、100年ほど前の話です。
100年も昔の、しかも交通や情報が行き届かずほぼ江戸時代のような生活をしていた山の人々のことが書かれています。
そんな昔の、しかも更に昔の考えや技術の人々の血の通った話を、現代文で読みやすく再発行されたのがこの本です。
それだけでも貴重だと思えます。
自分は明治時代の小説もいくらか読んでますが、大抵は都会の人間についてのことですからね。
僻地に住む人たちの生の声とかを読んだことは今までありませんでした。
作り話のような実話が多い
明治から昭和前期は、都市部と僻地では交通と通信の差が大きかったからか、文明開化のスピードに大きな開きがあったことも面白いです。
特に僻地は日々の愉しみが祭りや性行為くらいしか無いからか、この本にもそれについて多くのことが書かれてました。
男性はまあ今とあまり変わりませんがw、女性は結構違いますね。
結婚前は貞操観が緩く、結婚後は逆に厳しくなるとか。
工場に身売りさせられるものの、村の人間に浚われて再度身売りされたりとか。
処女を装うためにヤマビルを使ったりとか。
悲惨なように思える話もあれば、笑い話もあります。
また、当時の都会人と僻地人の交流などは同じ日本人であれど異文化コミュニケーションであり、まるで漫画の展開のようです。
そんなのがリアルにあったってのが、非常に面白い!
現代人から見ればまるで作り話かのような実話が多く登場し、しかも作り話だとしても自分には聞いたことが無いような話ばかりです。
興味深く新鮮に読み進めていくことが出来ましたよ。
造林・育林方法や林学は現代とほぼ変わらない
著者が森林官だからか、林業を知らない人に対して林学を説明する内容もありました。
造林学、森林保護学(火災や病虫害の予防)、利用学(伐木・運材・製材)、森林化学工芸学(乾留、セルロイド等)、森林経理学などなど。
自分も学生の頃は林学について少し学びましたが、現代林学と100年前の林学では共通するものも多いようです。
100年も前に林学の基本が出来上がっていたと言えるし、ミクロ的にしか進歩していないとも言えそうです。
だから、現代でも使われる道具や考えがこの本にも多く登場しますから、その辺りでも面白いものでした。
そりゃまあ昔に比べれば、ノコギリはチェーンソーになったし、架線や大型林業機械+トラックで運材したりと変わったところは多くあります。
でもやっぱり現代でも種を取って苗木を育て、人力で植えて、下刈り+つる切り+枝打ちで育て、人間が伐採するのは変わりません。
多くの種類の仕事の中でも林業はトップクラスの危険度であることは今も昔も変わらず、屈強な山男たちが命がけで仕事しています。
こうやって100年ほど前の本を読むと、今とは技術レベルが全く違う人々の生活に新鮮さを感じることもあれば、共通点を発見できることもあって面白いです。
考えてみれば当たり前ですが、昔の人だって多くのことを考えたり、娯楽に励んだり、孤独を寂しがってたりしていたのです。
河出書房新社が再刊してくれて、現代人の自分がこの本を読めたことに感謝。
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