『感想』山の仕事、山の暮らし

エッセイ・ドキュメンタリー

著者 高桑信一
出版社 山と渓谷社
出版日 2013年2月25日
384ページ

 

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内容

書名どおり、日本各地で、山で生きる市井の人々の姿を活写した名作です。
もとは「渓流」(つり人社)に連載され、取材期間は10年にも及ぶものでした。
2002年、つり人社から単行本が刊行されると、各紙誌で絶賛されました。
著者の高桑信一氏は、登山を通して独自の視点で「山」を表現してきましたが、
本書ではそこで暮らす人の姿が主題となっており、
登山の域を超えた作家となる端緒となった作品です。

狩猟をはじめ、山での暮らしが注目される今、本書は新たな価値を帯びています。

目次

1只見のゼンマイ取り
2南会津の峠の茶屋
3川内の山中、たったひとりの町内会長
4檜枝岐の山椒魚採り
5足尾・奈良のシカ撃ち
6只見奥山、夫婦径
7奥利根の山守り
8会津奥山の蜂飼い
9仙人池ヒュッテの女主人
10檜枝岐の雪が極めたワカン作り
11越後山中に白炭を焼く暮らし
12谷川岳・遭難救助に捧げた半生
13尾瀬・冬物語
14森のひとの、夢を育むヒメサユリの花
15岩手・浄法寺町の漆掻き
16朝日・飯豊の山々とともに生きる
17西上州、猟ひと筋の人生
18さすらいの果てに黒部に環る
19秩父の天然水に魅せられた半生

山と渓谷社より引用)

 

感想

購入して読みました。

この本は、奥会津の渓流に足繁く通っていた著者が、春の奥山で小屋掛けをしてゼンマイを折る人に出会ったことをきっかけにして、さまざまな山の仕事を約10年かけて取材した記録です。(文庫版あとがきより)
著者の住所が埼玉県だからか、取材地は北関東が多く、関西はありません。

この本に出てくる仕事の多くは昔からあるようなものであっても、変化の著しい現代においては時代に取り残されたものがほとんどであり、ちょっとしたことですぐに滅んでしまうようなものばかりです。
著者が取材を続けた動機にも「滅びゆく山棲みの人々を描きとめたい」というものがあり、この本全体からは古い時代への哀愁のようなものが漂っています。

文章は著者が取材時に感じたことなども多く交えたものとなっており、ジャンル的にはドキュメンタリーでもあり紀行文でもあると言えるでしょう。
取材を受ける人たちの表情や現在の生活の様式や雰囲気も、さながら小説のように描かれているので、読者自身が山人たちに会いに来たかのような錯覚さえ覚えてしまうほどです。

 

著者の取材の動機にもなったことだけあって、個人的には只見のゼンマイ採りの話が一番好きです。
この本の中には二編あります。

ゼンマイ採りには帰り山と泊り山の二態がある。帰り山は日帰りのゼンマイ採りで、泊り山は山中に小屋掛けをしてゼンマイを採り、製品に仕上げてからこれを下す形態をいう。
(中略)
現代にあって彼らは好んで簡素な生活を営んでいた。ラジオが日々の暮らしを慰める唯一の文明で、夜はランプを灯し、煮炊きやゼンマイを茹でるのにも払い下げられたブナを用いていた。

…とまあ、ゼンマイ採りは山の中での泊まり込みの単なる仕事とも言えるものの、その最中の生活は現代においても人里から隔絶された隠者のようなものだったのでしょう。
町中で雇用されて働くのが普通となった高度経済成長期以降の現代日本においては、『山の中に小屋を作り、そこで暮らす』というライフスタイルは物珍しい『異端』のように思う人が多いかもしれません。
しかし、確かに経済的意味と個人の価値観の両方を持って、その生活の選択をした人が大勢いたのです。

一日の収穫量は平均して70kg。
これを茹でて、干して揉む作業を繰り返すと、天気が良ければ三日ほどで7kgのゼンマイになるのである。
山に入る日を一カ月とすれば、収穫量は2.1t、製品にして210kgのゼンマイが出来ることになる。
(中略)
(1950年代?)当時は1シーズン山に入ると、どうにか一年暮らすほどの収入があったようだ。

ゼンマイ採り中の小屋の材料の多くや食料は里から担ぎ上げてくるものの、極力山のなかにある木々や山菜を採って自給自足も行っていたようです。

 

ゼンマイ採り以外で興味深い仕事だったのは、山椒魚を採って食用として提供、秩父の天然氷作り、ヒメサユリという観賞用の花の栽培。
登山小屋の運営は山の仕事ではありがちかもしれませんが、その場所に初めて小屋を作った人の想いとなると全く知らなかったのでこれも面白く、更に調べてみたいと思うものでした。

 

護るべきものを持ち、そのことに縛られる私たちと、その日暮らしの関のどちらが幸福なのかは誰にもわからない。
けれどはっきりしているのは、すべてのものから関英俊は自由である、というその一点である。

この本には昔の山の話、今の話、等身大で山と向き合う人々のことが載っています。
全ての話に静けさと孤独、そして大自然との関わりが描かれており、現代においてもそのような生活や感覚を得られる方法を編み出す示唆が詰まった、素晴らしい書籍だと思います。

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