この生活に至るまで~研究生活と四国遍路~

その他

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研究生活

さて大学四年生から研究室に配属され卒業論文に向けた研究を行うようになるのですが、担当の指導教員の方針により、研究テーマそのものがなかなか決まらず大変でした。
卒業論文の研究テーマ決定には「指導教員がいくつか提示してその中から学生が選ぶ」などの方法もあるのですが、私の指導教員は「学生がしたいと思った研究をやらせる」というのが(表向きの)方針でした。

卒業研究では課題解決型研究を行ったり、上司の研究を手伝ううちに自分の科学者としての色々な技術(データ収集、解析、論文化など)を身に付けたりすることを元々私は望んでいて、特にこれといった研究したいテーマが無かったので、本当にゼロからのスタートでした。
当たり前ですが例え卒業研究と言えども他人と全く同じ研究をしてはならず、これまでに発表された色々なテーマの論文を読みまくるのが最初でしたね。

しかしようやく何となく研究したい分野を決めたとしても、指導教員は後押ししてくれるどころか「その分野はもう行われている」などと色々な理由言って否定してきたんですよねえ。
「いや、最近でもその分野に関する論文は発表されてましたよ」と反論してみたりしても、確か聞く耳を持ってくれなかったと思います。
そんなやり取りが何度も何度も続いて、結局4年生前期はテーマも一切決まらずデータも全く収集できず、悶々とした日々が続いていました。

やってみたいことを見つけて、否定されて、方向性を変えるってのは、案外大儀なもんですよ。
例えばリードを付けて散歩している犬が、間違った方向に行こうとしたらグイッとロープを引っ張られて首を絞めつけられるみたいな、そんな感じの苦痛がありました。
そんなことばかりやられていたら犬も積極的に歩こうとはしなくなります。
それと同じように、自分も…

他の研究室の人たちは色々研究を進めていたというのに自分は何も始められず、焦りと劣等感を持つようになっていきました。

また、指導教員に対しても、

YU

『自由にさせる』って言っておきながら、結局指導教員自身のやらせたいことを学生に自ずと行きつかせるような、責任もって指示することから逃れようとしてんじゃないだろうな…
「学生が決めたこと」なら、例え失敗しても指導教員の責任も少ないだろうし?

そんな疑いも持つようになってきました。

 


進路

私の学部・学科では大学院に進学する人が多数派でしたし元々研究者になりたかったので、とりあえず「大学院に進学してみよう」と思っていました。
上記のような悶々とした研究生活を送っていても「卒論を書き上げる頃には研究を好きになっているだろう」として、とりあえず同じ大学の大学院試験を受験し、合格しました。

そして結局指導教員好み(らしき)のテーマで卒論を書き上げた時、「研究は面白くなかった」と思ったのが結果でした。
「もう研究者にはならなくて良いかな…」と考え、後は大学院入学手続きをするだけとなった直前で、親と指導教員に、

YU

大学院行くのは止めて、とりあえずフリーターになってから就職活動をしていくつもりです。

と伝えました。

親は「とりあえず合格したんなら大学院に行けば?」とやんわりと反対。
指導教員は「新卒じゃないと営業みたいな職にしかつけない」とか何とかで、私の大嫌いなジョーシキとかフツーをかざした反対。
指導教員に対しては「お前に世間の何が分かる」と思いましたが悩みに悩んで、結局世間体とか何とかの理由で大学院に進学してしまいました。

私の意志薄弱さに対して、軽蔑したり笑ったりしたい人がいればそうすれば良いさ!

 

なお大学院生活ではもう研究には興味を無くしていたので、すぐに公務員試験の勉強を始め、受かったら大学院1年目で中退して就職しちまおうと思ってました。
無事に1年目で国家公務員一般職試験には合格した(流石に総合職は二次試験で落ちた)のですが、寮から出て格安アパート生活(家賃25,000円)を行っている現状の生活がなかなか気楽で楽しく、この時もまた流れで就職活動を中止しました。
まあ公務員試験は一度受かると3年間有効らしかったですから、「普通に大学院修了見込みで就活するか~」として計画を変えてしまいました。
余分の1年は農業法人のこととか林業のこととか調べていました。

 

で、大学院2年目、普通の企業には全く興味無かったので農林系の法人か公務員に絞って就活しました。
この辺のことはXAMMPというフリーソフトでPC内のローカル環境にこのブログを構築した時に書いた以下の記事で、すでに書いています。

 

少し上の記事を補足すると、国家公務員一般職は採用面接で落ちて、とある県の地方上級公務員試験も(多分)面接で落ちました。
「筆記試験は出来たようだからまあ受かるだろう」と思っていたのですがこの結果は想定外で、当時は精神的にひどく憔悴したことを覚えています。
結局「どうにでもなれ」という気持ちで、森林組合職員になったというわけですね。
「全てを捨ててでもチャレンジすべきだ」という言い分は世間でも多く謳われていますし自分も同意していましたが、色々あっても一応履歴書上はストレートで来てましたし第一志望には受かり続けていましたから、入職当時は自信を無くしてしまっていました…
拾ってくれたことについては入職先に感謝してますが。

ちなみに卒論や修論ですが、優秀賞や奨学金免除などには歯牙にもかからぬ出来だったということも補足しておきます。

 

まあ今から見直したら以下の遍路のこともあったしどうせ最終的には辞めるつもりだったんだから、そんなに落ち込まなくても良かったのにとは思いますが。
レールから外れるのって、自由で楽しいのにね!

 

歩き遍路

私が公務員以外に実務的な農林系の仕事を志望した理由を語るには、歩き遍路の体験を書かねばなりません。

時系列的に前後しますが、公務員試験が終わった直後の大学院1年目の秋、39日かけて四国の歩き遍路をやってみたこともありました。
動機は不確かですが、ネットで調べたら面白そうだったということ、登山のように終わりがあり達成感が得られると思ったこと、長期徒歩旅行をやってみたいと思ったこと辺りだったかと思います。
実は無職・フリーターに一度なろうとした理由の一つにも、「その間に歩き遍路をやる!」というのがあったんですねぇ。
大学院の研究はどうしたかって?知ったことか!

 

本当の仏教徒とか真言宗徒の人には悪いですが、単なるスタンプラリーとして始めました。
そこに宗教的意味はありません。
身体を傷めたり汚したりしながらも徳島、高知、愛媛、香川へ、テントとクッカーで自炊&野宿しながら、毎日毎日歩いていきました。

室戸岬や足摺岬などはかなり辺鄙な場所で海と山がせめぎあう秘境でしたが、そんなところにも人が住み、生活し、お接待もしていただきました。
多くの善意に接したり金を払って食料を得たりしながら徒歩生活を続けているうちに、ある思いが浮かんできました。

 

「旅人は消費者であり、土地に生きる生産者にはなれないんだろうな」と。

 

美しい景色、美味しい食べ物、整備された道や施設、それらはその土地から酸いも甘いも、喜びも苦しみも享受しながら生きていった人々が作り上げたもので、旅人が作り上げたわけではありません。
その土地に責任を持って生きることが、自然と調和した美しい社会を作っていくんだ、そう思いました。

やっぱり私は実際に自分の土地を持ち、調和したデザインをしてみたい。
幼いころから思っていた土地に対する羨望が復活し、色々回り道をすることがあっても最後は自分自身が土にまみれながらも土地に根差して生きていきたい。

 

お遍路以降、旅行については自分はまず第一に「娯楽」であるとしました。
「人生は旅である」などと色々ロマンのあることを言う人も多いですが、しかし旅自体は良くも悪くも娯楽です。
別に悪い行為じゃあありません。素直に、享楽的に楽しむのが旅です。

遍路前は普通の会社にも食指を伸ばす就活をしようと思っていたのですが、どうせなら農業や林業の事業体に入ったほうが土地を管理する技術が学ぶことも出来て良いと思い、色々体験イベントに顔を出したりしましたね~。
林業就業支援講習に参加したのも、その一環です。

なお公務員を志望した理由としては、その学科で目指す人が多かったということ、世間のことを色々知れるだろうと思ったこと、当時から役人というものが嫌いだったから自分が埋伏の毒となって色々思い通りに変えてやろうと思っていたこととかがありましたかね。

 

 

 

研究生活は今となっては思い出したくないものだったから、この記事を書くのも大変でした…。
本能がストレス回避のために拒否するみたいな。
思い出したくない記憶領域って、「○○は嫌だ」というごく単純なこと以外は思い出しにくくなるのね…

この頃は世間の流れとかそんなのに影響されてしまって、というか大学に進学したこと自体からですが、後から思えば後悔するような選択をしてしまったと思います。
教育には金と時間がかかるから、楽しくてしょうがないとかでないのなら単なる「投資」であることをもっと実感しておくべきでしたね。
私も今までの人生で色々と選択をしてきましたが、結果がどうあれ社会や世間の風潮に流されるよりも自分自身が行った選択のほうが後悔をしなかった、ような傾向があります。

 

あとこの記事で私が院卒ということをばらしましたので「そこそこ学歴あるくせに程度の低いブログだな」とか思う人もいるでしょうが、別に大学院に入って出るのは簡単なものですから、「院卒=頭が良い」だなんて思わんといてね!

 

次回は林業と小屋暮らしに関する記事でも書いて、この暇つぶしシリーズを終わりにしましょうか。

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