出稼ぎ労働再評価の提案

出稼ぎ・バイト

労働制度や経営の専門家でも何でもありませんが、とりあえず最近の労働問題や出稼ぎ生活を送っている中で思ったことをちょっと書いてみようかと思います。

第2回東京オリンピック前という時期、働き方改革を行っている今だからこそ、あえて書きます。

私と同じような主張している別の記事とかあったらコメントで教えてください!

 

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過去の出稼ぎ

「出稼ぎ」と聞くと、多くの人は何を思うのでしょうか?

故郷に安定的な仕事が無いから家族を置いて仕方なく、なんて悲劇的な印象を持つ人も多いかもしれません。
不安定で、一生続けていけるようなライフスタイルではない、だからこそ労働者はセイシャイン(契約期間無しの被雇用者)になるべきである。
出稼ぎはヒセイキの代表であり、未熟な文化・生き方である、と。
そのくらいのことまで思っている人もいるのかもしれません。

 

「出稼ぎ」でグーグル検索を行うと、中国人の出稼ぎのことや日本にやってくる様々な外国人の苦境に追い詰められたような記事が多く出てきて、なかなか日本人が行う出稼ぎというのはなかなか調べにくかったです。
見方を変えれば、それほど今の日本人にとっては、日本人による出稼ぎというのはあまり注目されないものなのかもしれません。

Wikipedia(出稼ぎ)でも「出稼ぎは死語になりつつある」と書かれるほど出稼ぎ労働者は減少しています。
従来出稼ぎ労働者は雪に閉ざされる東北・北陸出身者が多かったのですが、青森県でも2015年になるとピーク(1974年度)の45分の1程度まで減ったようです。
そのようなデータでも表されるほど、現代日本人にとっては日本人が行う出稼ぎというのは親しみのないものであり、過去のものであるという印象が持たれているのかもしれません。

 

 

しかし私は思うのです。

出稼ぎ労働は、成熟した・より良い社会を作るために本当に無くしていくべきライフスタイルだったのだろうか?

 

 

「随想・東北農業の七十五年」を読んでみると、以下の記述があります。

出稼ぎの悲劇を過度に強調し過ぎたのではなかったろうか。

出稼ぎ問題の解消のために農村部の貧しさを強調するがあまり、かえって農村部そのものへのイメージを暗くさせてしまい、若者の都市部への流出を促進させてしまったのではないかと後悔しておられるようです。

実際に田舎から都市部への出稼ぎ労働という悲劇(?)が減少した昨今、首都圏への一極集中の発生と地方集落の消滅という新たな悲劇が生まれています。
出稼ぎが無くなったというより、1年のうち半年ほどだけしか都市部で働かなかった労働形態から、移住して年中都市部で働くという労働形態になっただけなのです。
出稼ぎ労働を無くすことで以前は都市生活:田舎生活=50:50が、100:0に変わってしまったのではないだろうか?

 

出稼ぎは所得格差を緩和する一因となるか?

なぜ人は都市部へ移動するのか?なぜ田舎から出ていくのか?という理由には様々あると思いますが、やはり「所得の格差」が大きいかと思います。
同じ労働量にも関わらず、都市部のほうが賃金が高く、物価が高いと言えどもその差は賃金格差よりかは小さい。
都市に住んで都市で働くほうが「儲かる」から、どんどん人は都市へ流入する。

では都市と地方の所得格差を是正する手段は何があるか?
企業の誘致?確かに地方の土地代は安いが、やはり出来るだけ都市部から近いほうが良いから結局郊外の開発だけで終わる。
観光?同じ魅力度であるなら都市から近い観光地に人が集中するだけだ。わざわざ多額の交通費をかけてまで遠くに行く必要があるか?

 

簡単に解決することが出来ない地方と都市の所得格差問題ですが、地方から都市への出稼ぎによって都市で得た賃金を地方に回すというサイクルを生み、所得格差を是正する一因となるのではないか、と私は考えてみるのです。
基本的に出稼ぎは貯金や田舎への送金を行うものであり、あくまでも出稼ぎ労働者の主な金の使用先は、地方です。
都市から持ち帰った金を地方で使えば、地方で金が回る。金が回れば、仕事が増える、所得が増える。

やりたい仕事は基本的に地方ですることとなりますから、都市への出稼ぎでは金を手に入れることに対して強い目的意識を持つことになります。
そこら辺のサラリーマンなんかよりも一つの職場に対して執着する必要も無くなりますから、より条件の良い職場を求めていくこととなります。

 

雇用の流動化を叶える

出稼ぎ労働者はかなり不安定で流動的なものでありますから、「就職」はしても「就社」はしません。
すでに最初から雇う側として雇われる側としても「雇用の流動化」が達成されている状況ですから、高度経済成長期の時からも出稼ぎ先を選ぶ場合は賃金や生活環境の良さを重視し、条件が良いところが見つかったらすぐに職場を変えていたようです。

政府が推し進める雇用の流動化にもメリットとデメリットがありますが、メリットをまず挙げるならば、社会や会社の急変と人材需要の急変に対応できるというところがあります。
簡単に雇用と解雇が出来るわけですから、企業にとっても生産したいときに一気に生産出来たり、少し低調の時には従業員を解雇して時機を待ったり事業の改善や企画に打ち込んだりすることが出来ます。
例えば現在(2018年)、2020年の第2回東京オリンピックに向けて色々と準備をしておられるようですが、1964年に開催された第1回東京オリンピックの準備に活躍した東北からの出稼ぎ労働者などのような人々にはあまり頼ることなく工事をしているようです。
そして現在進行形で起こっているのが深刻な人手不足であることと、オリンピック後に予想される工事の案件の急減。
セイシャインという雇用形態だけでそのような社会の急変に対応できるのかと、本当に思いますか?

(元々日本の雇用は流動化していたものだったが、昔の政府が強引に終身雇用を定着させた話とかも入れると記事が長くなりすぎるので割愛)

 


労働者のメリット

社会的、会社的な見方で出稼ぎ労働のメリットを上記で説明しましたが、労働者側のメリットも紹介していきましょう。

まず、地方に碌な仕事がなくとも出稼ぎという選択肢があれば収入に対しての過大な心配がなくなります。
私も山小屋生活を始める前はさんざん田舎暮らしの始め方に関する本や記事を読んできたわけですが、どれにも書いてあるのが「まず住居と仕事を見つける」ということです。
それらさえどうにかできれば田舎暮らしの参入障壁はかなり低くなるのですが、その二つが大きいものなのです。

田舎暮らしの収入源で紹介されていたのは、「地方で雇用される」か「起業する」かの二つくらいでした。
地方で雇用されると言っても仕事の種類が少なかったり賃金が低かったりすることもあります。
起業すると言えどもなかなかそのアイデアや技術がすぐに得られるわけではありませんし、専業の場合は失敗したときのリスクが大きいです。

収入源の3つ目の選択肢として「出稼ぎ労働」が加われば、その地方に良い職場が無くても全国で探せば色々見つかるし、起業に失敗してもいったん出稼ぎで金を貯めてやり直すなんてことも出来ます。
選択肢の増加はそれだけでリスク分散・マネジメントが出来るわけですから、田舎暮らしの収入源に不安を覚えて踏ん切りがつかない人に出稼ぎ労働の存在を教えるだけで、不安が減少することになります。
過疎化にあえぐ地方自治体が現地での仕事を作ろうと躍起になっていたりしますが、それとは並行して出稼ぎ労働の方法や生活を教えるというやり方でも地方移住の促進が出来るのではないでしょうか?

 

 

個人の性格にもよるのですが、出稼ぎ労働は「飽きにくく、成長できる」です。
現役出稼ぎ労働者の私は出稼ぎ時期になると毎回仕事を探すことになるのですが、毎回職場を変えていますし、これからも変え続ける予定です。

職場を変え続ければ数多くの職場を見れてそれぞれの良い点や改善点を見出すことが出来、自分の山小屋生活と事業の改善にも役立てることが出来ます。
一つの職場しか知らない人間は、例えばその職場の文化が非合理的で社会的に悪いものだとしても、知らなければそれがそうであるとは気づくことが出来ません。
多くの職場を知る人間は多くの職場の良いところを知っているわけですから、新しい職場の改善すら出来るわけです。

例え同じような職種で出稼ぎし続けたとしても、職場が変われば環境も変わるし仕事内容も少し変わります。
その場合は工場労働のような単調作業であっても飽きにくく、何度も行うことが出来ます。
「単調で飽きる作業をこれから数十年続ける」という意識で働いていたらどうでしょうか?結局半年すら持たず、数日で辞めてしまうことも出てくるのではないでしょうか?
最初から半年だけ、数か月だけ働くとしていたら、少し嫌なことがあってもちゃんと契約期間まで耐えることが出来るのではないでしょうか?

また、出稼ぎ時の休日ではわざわざ長時間かけて遠くに行かずともすぐ近くの場所があまり親しみの無い場所だったりするわけですから、観光も簡単に出来るのです。
一か所だけにしか留まらない生活だと、だんだん近場の観光地は行き尽くし、多額の交通費と時間をかけて遠くまでいかないと新鮮さを味わうことが出来ないかもしれません。
また、色々な場所でゆっくりと時間を過ごすことになるわけですから、ただの観光旅行よりも多くの地域の四季を味わえたり思いがけない出会いも多く出来るかもしれません。

出稼ぎは、若々しく、新鮮な気持ちを味わうことが出来るのです。
都会暮らしだけ、田舎暮らしだけで生涯を終えるよりも、遥かに。

 

出稼ぎ労働では基本的に職場近くの寮で暮らすことが多くなるのですが、満員電車に乗って都心部へ通勤するよりも、その時間や手間が少なくなり、通勤にかかるコストも低くなります。
「通勤時間が20分増えると給料19%カット相当の仕事の満足度が減る」という調査結果(ソース)もありますから、通勤時間の長さは人生における立派な「コスト」です。
また、アルバイト募集の場合は正社員よりも通勤時間にシビアらしく、住宅地の近くでなければ確保が出来なく、黒字でもそのまま人材不足によって廃業になることもあるらしいです。(ソース)
都心部などでは意外にバイトの募集が難しかったりするでしょうから、東京都心のタコ部屋(3畳2部屋)に住みながらコンビニバイトするような未来も遠くはないかもしれないな!(せやろか?)

 

雇用の流動化が行われると採用と解雇の両方が増えると考えられますから安定的(職場にしがみつく)労働が出来なくとも、採用数が増えることで仕事がしたい時に仕事が出来るようになると予想できます。
例えば毎年出稼ぎに行っていたとしても、子育て期間中で少し忙しい時は数年ほど出稼ぎには行かず、生活に専念したり地方で短時間のアルバイトをするなんてことも出来そうです。
出稼ぎ労働では、長期休暇を取ったり子育てに専念したりなどのような柔軟な生き方が出来るかもしれません。

 

 

まとめ

行政側のメリットとして都市部と田舎の所得格差を是正出来、災害リスクに晒される東京一極集中を緩和できる。

企業側のメリットとして雇用の流動化によって必要な人数をすぐに集めることが出来て、必要に無くなったら解雇することも出来る。

労働者のメリットとして、田舎暮らしを始めるにおいて「職」は重要となってくるが、出稼ぎが選択肢の一つとなれば参入障壁は少なくなる。
飽きにくく、色々な職場や地方を見ることが出来る。
通勤時間が短くなる傾向がある。
働きたいときに働きに出かけられ、子育てや旅行もしやすい。

 

再評価のために考えられるメリットをいくつか書いてみましたが、出稼ぎ労働こそが絶対良いものだ!とは言いません。
ただ、絶対に無くしていくべきだったものでなく、労働形態の一つとしてちゃんと残しておいて欲しい、立派な生き方の一つであるという認識が世間に広まってほしいと思います。

何にせよ経営職や管理職のような立場は長期で働くことが前提ですから、長期で働く人も必要なのは確かです。
ただ、どの立場の人もどんな生活の背景を持っている人でも、全員が全員セイシャインを目指すべきだろうか?本当に?

 

課題

この記事で多くの出稼ぎ労働のメリットを書いてみたりしましたが、やはり課題はまだまだ多くあると思います。

基本的に寮生活となりますから、寮の充実が少し難しいです
大企業ならまだしも中小企業が一棟建てるのは難しかったりしますから、その地域の中小企業たちが共同で一棟持ち、使用率に応じて各企業がその経費を負担するなどの工夫が必要でしょう。
もちろん空き家やシェアハウスを活用してもいいですが。

出稼ぎ労働者は単純作業もしくは技能職に就くことになるわけですから、管理職のマネジメント能力がかなり必要となってきます。
上層部へのゴマすりだけが得意で、部下に対してハラスメントを行ったり甘えたりして士気を下げるような中世ジャップには、有能な管理職となれる人材は皆無かもしれないな?

 

 

最後に、出稼ぎの悲劇として「家族を置いていく」ということがよく語られます。
子供が小学生以下であるなら夫婦の片方は地元に残るなどしたり親戚に任せるなどとする必要があるかもしれません。
でもその期間は一時的なもので、子供が中高生とかになれば一人暮らしも出来るでしょう。
両親が出稼ぎ中は上の子が下の子の面倒をみたりすれば、子供たちだって自立心が芽生えて成長が出来るようにも思います。
親に甘えず兄弟で協力して生きていくという力強さも得られるんじゃないかなあと安易に思ってみもします。

中高生の一人っ子の場合?
両親一時不在の学園生活という、某ジャンルのゲームにありがちや状況を子供に与えられるよう!
というオチで終わらせていただきます。(台無し)

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